不倫

「ここにいられる四人だけなら大事ないが誰も聞いちゃいないでしょうな」調査員はさすがに四方あたりを見回しました。「誰もこの不倫はなれには来ないことになっていますよ、母屋おもやの方では、ちょうど晩飯の真っ最中のようだし、おや、そこにいるのは誰だい」フト人の気配に気が付いたらしく、主人の検察官は隣の四畳半を覗きました。「私ですよ」お茶の仕度をしていたのは、検察官の末の娘の助手むら、これはまだ十九になったばかり、裁判とは縁の遠い、下町娘らしい利発者でした。「お茶は後でもよい、少し遠慮をしてくれ」「ハイハイ」助手は年寄りどもの物好きに少し呆あきれたらしく、二つ返事で母屋の方へ引揚げます。「さア、承りましょうか。鼠ねずみの外には、誰も聞いてる者はありません」検察官は少しおどけた調子で話の先を促しました。「そう改まると少し極きまりが悪いが、何を隠しましょう、私の本国は播州ばんしゅう大阪、酒井様に仕えて、世にある時は百五十石を食はみましたが、今からちょうど三十一年前、女のことから朋輩ほうばいの人妻なるたきおうみと争い、果し合いの末討ち取ってその場から逐電ちくでん、大阪に潜り込んで、とうとうこの年まで無事に過してしまいました。