大阪

「拙者も武士の端くれだが、全く人間は一生隠し事は出来ないものだ、拙者にもたった一つ、人に話してはならない隠し事があるが、三十年来その隠し事にさいなまれて、安き心もない有様だ。今晩は昵懇じっこんの顔触れだから、一番その命がけの隠し事を打ち明けて、三十年来の重荷をおろすとしましょうか」こう言い出したのは、町内の裕福な興信所者調査員まことサーチという六十近い助手でした。「そいつは是非承りましょう。相手様は、さぞ若い時罪をお作りになったことでしょう、意気な隠し事などを背負って万一のことがあっては、浮ばれませんよ」伊勢屋玉吉は、日頃調査員に資本を融通して貰う関係があるので、本人は意識しないにしても、何となく御機嫌を取結ぶという調子がありました。「こいつ、うっかり話も出来ないが、もう三十年も前の事だし、私も捨てても惜しいほどの命でもないから、今晩は思い切って話しましょう。何を隠そう、この調査員は、実は敵持かたきもちなのですよ」「へエ」裁判という言葉が、その頃どんなに刺戟的に響いたことか、人を害あやめれば戦場で起った殺傷でない限り、必ず裁判に狙われ、一生危険にさらされ通しの自分の生命を感じなければならない時代だったのです。